豊臣秀吉に仕え、加藤清正らとともに「賎ヶ岳七本槍」と称された勇将である加藤嘉明の逸話です。
当時武将の間では高価な茶器茶碗がもてはやされましたが、嘉明も銘器のコレクションに情熱を注ぐ一人でした。あるとき、家来の一人が嘉明自慢の「虫喰南蛮」という10枚組の小皿一枚を割ってしまいました。家来衆はどのようなお咎めがあるかとおののいていましたが、嘉明は残りの9枚を持って来させると、全部打ち砕いてしまいました。そしてこう言ったのです。
「決して怒って残りの皿を割ったのではない。器物を愛するあまり、家来に粗忽者の汚名を着せ、残りの皿が持ち出されるたびに、いついつ誰々が一枚を割ったのだとなじられるのは私の欲するところではない。物を愛しすぎた私こそが悪いのだ」(「明良洪範」)。
嘉明は、武士の本分を忘れて茶器に夢中になり、大事な家来を失うことになってはならないと自戒したのです。
物を所有することは悪いことではありません。しかし、物を愛し、多くの物を所有しすぎて、物にとらわれることは悪です。パウロは「買う者は所有しない者のようにしていなさい」(Iコリ7・30)と命じています。物を所有しても、物から自由でいなければなりません。それは知識や名誉についても同じことが言えます。何が一番大切なのかを見失ってはならないのです。
大切なのは、第一に神との関係、第二に隣人との関係です。そして三四がなくて、第五にやっと物や知識という程度の順番になります。この順番を誤ると、人は決して幸福にはなれません。
(2004-8-29)