さらなる成長を目指して

以前、とても心配性だったことをお話しました。だからといって超安定志向というわけではありません。大学卒業後に勤めた職場を数年後に退職し、貯めたお金でカナダへ短期留学、その次の職場をやはり数年後に退職して次はイギリスへ留学と、あえて不安を生み出すような状況に飛び込んでいき、必死に頑張る自分に充実感を感じたのだと思います。

しばらく前にある女優さんがインタビューで「不安がないと逆に不安になるから、常に不安要素を探している」と言っているのを読みました。彼女が、安心したくない、安心してしまったらその先に何もない感じがするとも言うのも、なんだかわかる気がしました。

私たちは、神さまとの関係においては、安心、安定したいです。関係を損なうような刺激や不安要素は要りません。しかし、自分の信仰の状態に関してはこのままで十分良いと満足し、安心してしまうのは危険ではないでしょうか。現状に満足するなら、これ以上主を求めなくなり、高慢にもつながってしまうかもしれません。生涯主を求め続け、キリストに似た者と変えられていくこと、それがクリスチャンのあるべき姿でしょう。そうでないと成長しないどころか後退してしまってもおかしくありません。また、神さまが私たちに備えてくださっている良きものは私たちの想像をはるかに超えるものです。現状に満足し、成長を求めないのはもったいないように思えます。

私たちを一人一人手作りしてくださった神さまは、それぞれに合った訓練を与え、成長させて下さるお方です。アブラハムは一人息子を捧げることを求められました。モーセはイスラエルを率いてエジプトを出る前に、荒野で40年間羊飼いの生活をしました。主は私たちのことをよくご存じで、誰一人同じようには育てません。

今年も終わりが見えてきたこの頃、今の自分の信仰の状態を健康診断のようにチェックし、新たな年は何を目指していくのか、どのような霊的成長を求めていくのか考え、期待を持って求めていきたいです。(江口知子)