マタイ16章24節

「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい」。自分で物事や人までも支配しようとするから、行き詰ったり争ったりするのです。自分に執着さえしなければ、おのずと混乱は収まります。いや、自分を捨てて主に従うなら、自分の力をはるかに越えた主のみわざを体験できます。しかし、自分の十字架を負う人は少ないのです。