マルク・シャガールという、ベラルーシ(当時はロシア領土内)生まれの、ユダヤ人画家がいます。パブロ・ピカソに代表されるキュビズムが流行する時代に、流れとは一線を画して活動した彼は、「色彩の魔術師」と呼ばれるほど、様々な色、特に明るい色で作品を描きました。1911年の『私と村』は、多くの日本の教科書に載っている油彩です。男性とろばが見つめ合っていて、明るい赤、青、緑、黄を用いた、まるで夢の中のような雰囲気の作品で、思い出される方もいると思います。
その「色彩の魔術師」シャガールが、そのあだ名に反して、ほとんど無彩色で描いた絵画があります。『白い磔刑』です。彼の作品の中では非常に異彩を放っています。中央に、白い十字架につけられたキリスト。よく見ると、イエスの腰布が、ユダヤ教の祈りのショール「タリット」です(白い布に二本の線が入っています)。周囲には、火をつけられたユダヤ人の町、炎に包まれるシナゴーグ、燃えているトーラー(聖書)の巻物。トーラーを抱えて逃れるユダヤ人の男性、子どもを抱えて逃げ惑う女性。シャガールは、イエス・キリストをはっきりとユダヤ人として描き、迫害されるユダヤ人の苦しみと主の苦しみを重ね合わせました。
制作されたのは1938年。ドイツでは決定的な大迫害となったクリスタルナハト(水晶の夜)が起きました。ユダヤ人画家という理由で、シャガールの作品も没収されて焼かれるなどしていました。これ以上ヨーロッパにとどまるなら逮捕され収容所で命を落とすことになる。彼はぎりぎりのタイミングで、1939年アメリカに亡命します。
シャガールに与えられていた洞察―イエスはユダヤ人であり、ユダヤ人の苦しみはイエスの通った苦しみであるという理解―は聖書に書かれていることそのものです。この理解に立つとき、接ぎ木された異邦人である私たちは、主の民イスラエルの救いを祈らされます。
願わくばイスラエルが、この理解を通して、メシアなるイエスとの深い深いつながりに霊を震わされますように。(新田優子)