あなたの指のわざである天を見、あなたが整えられた月や星を見ますのに、人とは、何者なのでしょう。あなたがこれを心に留められるとは。人の子とは、何者なのでしょう。あなたがこれを顧みられるとは。」(詩篇8篇3、4節)先日教会塾の遠足で、多摩六都科学館へ行き、見学の最後に、ボイジャーに関する映像を鑑賞しました。
ボイジャーとは、宇宙探査機です。太陽系の惑星や衛星の写真を撮り、観測データとともに地球に送ります。進む方向は「スイングバイ」という方式で調整します。先に探査した惑星の引力を利用して、次の惑星への軌道を決める技術です。ボイジャーが打ち上げられた1977年は、木星、土星、天王星、海王星ともに、このやり方で飛ばす上で完璧な位置にあり、逃すと次は180年後という奇跡のタイミングでした。当時の技術の結晶として打ち上げられた二機の探査機は、驚くべき写真と、この探査機でしか得られないデータが多く送られてきました。
木星の衛星イオでは激しい火山活動が存在すること。土星の衛星タイタンには非常に濃い大気があること。学校の資料集に載っている太陽系に関する情報の多くが、このボイジャーによって集められたデータだということです。
ボイジャー1号は地球から60憶kmの場所でおおよそのミッションを終え、NASAは1990年、カメラのシャットダウンの直前にレンズを振り返らせて(さよならを言うように)地球を撮影させました。そこに辛うじて映り込んでいた地球は、ほこりかと思うくらい小さな、吹けば飛ぶような水色の点でした。この写真は「ペイル・ブルー・ドット(水色の小さな点)」と呼ばれています。
とにかく、主の造られた宇宙の広大さに比べたら、地球は本当に本当に小さな惑星だということです。しかし、吹けば飛ぶようなゴマ粒より小さな星、そしてそこにいる70憶の人間のひとりに過ぎない私が、天地の造り主の注目の的だということが、何と驚くべきことか。そして創造主はこの小さな人間が滅びないことを望まれ、御子を犠牲にされました。奇跡のタイミングで打ち上げられた探査機のもたらした情報は、神が尊いと言ってくださることがどれほど特別かを知らせ、私たちを謙虚にさせるものです。(新田優子)