主イエスは漁師ペテロに、「わたしに従いなさい」と、厳かに二度命じておられます(ヨハネ21・19、22)。また、他の場面でも何度か、ペテロや他の弟子たちに、「わたしについて来なさい」と命じておられます。ある一時期だけの従いではありません。一生涯の従いの要求です。ある分野だけの従いではありません。全面的で、絶対的な従いです。そして、この命令は今日の私たちに向けられたものでもあります。
こんな命令を私たちに下せるのはイエス様だけです。それは、イエスが神の子キリストだからです。その神の子が、私たちの罪の身代わりとなって死んでくださったからです。私たちに永遠のいのちを与えることのできる唯一の方だからです。私たちが従うのは、その方に愛されたからです。命令する権威は、力だけにあるのではありません。むしろ、十字架に表された身代わりの愛こそが権威の源です。もしキリスト以外のだれかが「私に従え」と命令したとしたら、その者は単なる独裁者、暴力による圧政者か、高慢な身の程知らずか、狂人です。
この二千年間、世界中でいったいどれだけの人々がキリストに従っていったことでしょう。ゆうに百億人は越えるかもしれません。従ったからといって、この地上で権力や富や名誉を得ることになるわけではありません。そんなことにはまったく興味を示さず、多くの人々が次々とキリストに従う決心をし、その従いを全うする人生を送り、続々と天の御国に入って行きました。
私も、この連綿とつながる「主の群れ」に加われることに誇りを感じます。キリストに選ばれた恵みを感謝せざるを得ません。その恵みにすがって、祝福を味わう地上生涯を全うしたいと思います。
あなたもきっと同じ思いであると思います。今日もその思いを新たにして、主に礼拝をささげましょう。